
Haguma
羽熊行列
唐津藩の大名行列の記憶を、
身体で受け継ぐ。

唐津市指定
重要無形民俗文化財
「相知羽熊(大名行列)」は、平成12年(2000)に唐津市指定重要無形民俗文化財となりました。毛槍と挟箱を持ち、独特の所作で進む行列は、相知くんちの御神幸を先導します。
明治4年(1871)、藩を廃止して県を置く廃藩置県が行われました。その後、唐津藩主・小笠原長國から、参勤交代で用いられていた挟箱と毛槍一式が明治6年(1873)に相知町へ寄贈されました。相知ではこの年から、相知くんちの中で小笠原家の参勤交代における羽熊行列の所作を受け継いでいます。

Designation
2000
平成12年、唐津市指定重要無形民俗文化財に指定。
History
154年
明治6年から受け継がれ、令和8年(2026)に154年を迎えます。
Objects
毛槍・挟箱
唐津藩主・小笠原家の参勤交代で用いられていたと伝わる道具です。
Town History Record
町史に残る、
大名行列の始まり。
『相知町史 下巻』には、明治4年(1871)に旧唐津藩主・小笠原長國が東京へ移った後、明治6年(1873)に唐津神社にあった定紋入りの幕や参勤交代の諸道具が相知へ伝わったと記されています。同年の祭りでは熊野神社の神輿が山崎河原へ遷され、鐘・太鼓や山曳きとともに大いに賑わいました。
※道具の伝来について、羽熊責任者提供資料では小笠原長國から相知町へ寄贈されたと伝えられています。町史では上記のように唐津神社から伝わった経緯が記されており、当サイトでは双方を地域に残る記録として掲載しています。
Voice and Movement
掛け声とともに、
毛槍が渡る。
「イーハー ヤットマカセー ヨイ ヨイヤハー ハー」。この掛け声を2回繰り返した後、「ヤッ ホイ」の声に合わせて、重たい毛槍を次の担い手へ投げ渡します。
受け継がれているのは、毛槍や挟箱だけではありません。声、間合い、足運び、そして毛槍を投げ渡す一連の所作が、人から人へ継承されています。
所作そのものが、
記録になる。
毛槍を支え、受け渡し、歩調をそろえて進む。写真に写る一つひとつの身体の動きは、文字だけでは残しきれない文化です。羽熊は「道具」だけでも「衣装」だけでも成立せず、それを扱う人の身体と一緒になって初めて受け継がれます。




子ども羽熊
次の世代が、見る側から担う側へ。
唐津藩の参勤交代における羽熊行列を継承する「相知羽熊」を未来へつなぐため、相知町制50周年にあたる昭和60年(1985)に「子ども羽熊」が誕生しました。
子ども羽熊も大人羽熊と同じ所作を、元気よく、力強く披露します。その姿は沿道の住民や観光客から大きな声援を受け、親しまれています。羽熊行列の伝統を守る経験は、子どもたちの励みとなり、地域の一員としての自覚や地域への愛着を育んでいます。
羽熊に関する古い写真や
記録を探しています。
年代、場所、写っている人、昔聞いた話。小さな情報でも大切な手がかりになります。
情報を寄せる参考:相知羽熊責任者提供資料、『相知町史 下巻』(昭和52年3月31日発行)791頁、唐津市「民俗文化財」、「市報からつ 2023年12月号」。